大人のセンスは”他者目線<自分軸”を意識してこそ光りだす

街でつい振り返ってしまうほどの人に

会ったことはあるだろうか?

その人から目が離せない、

なんてことはあるだろうか?


先日、原宿のスタバにて

高校生くらいの女の子の隣に

40代後半くらいの女性が座っていた。

決して派手ではないけれど、

グレーのタートルネックにスカーフを巻き、

耳には、一粒パール。

きちんと手入れのされた短め髪が

とてもよく似合っていた。

その距離感と会話から、

すぐに親子だろうと推測ができ、

つい、

その親子の日々の生活を想像してしまう。


きっと、

朝はカシミヤ入りの

ストールを羽織り、

観葉植物に水を上げながら、

朝の一杯のハーブティーを飲む。


一息ついてから、

子供達が起きる前に

朝食の準備。

シンプルにトーストとサラダとフルーツヨーグルト。

けれども素材にはこだわりが。

パンは天然酵母。

こんがりと焼けたトーストの風味を

引き立ててくれるのは

フランス産 エシレバター。

種が埋まってしまうほど、

はちきれんばかりに

潤いを閉じ込めているイチゴは

見るからに甘そう。




そんな風に、

想像を膨らませてしまうのです。



つまり


センスとは

暮らし方も、生き方をも反映していく。

歳をとればとるほど、顕著にあらわれるものなのだと思う。。

その人のシワやたるみさえも、

美しく見せていく。

だから、

どんな美貌にも勝る、最強の美。


それがセンス。


だからこそ、

いまから、

何を意識してセンスを磨き、

何を軸として選んでいくか、

を、書いて見たくなったのです。


他人から見て

「素敵なママ」

「おしゃれな生活」

に、見えるよう逆算してモノや行動を選ぶのではなく、

自分を良く知り、自分の好きなモノやコトを極めている人

は独特のセンスとオーラが自然と放たれる。


これは間違えなく言えること。


もちろん、センスは本来“生まれつきのもの”とされるが、

それは、クリエイターには必要かもしれない。

けれど、私たちが求めたいのは”生き方のセンス”

人間それぞれの価値観やライフスタイル、

思考性が違って当たり前であり、

その人の生き方はその人のもの。

だから見つめるのは

外ではなく、内。


素直な女になること、

そして、その曇りなき眼で、自分と向き合う事。


これが、センスを磨くための下準備。



一個の道具のように自分を分析しなさい。
自分自身に対して、百パーセント率直でなければなりません。
欠点を隠そうとせずに、正面から向かい合うのです。

(オードリー・ヘップバーン)



オードリーの言葉が、とても心地いい。


なにはともあれ、

自分を知ることからすべてが始まる。



自分をしってもその先が分からない、

わたしにはセンスがないわ。

という人もいるとは思うけれど、

子供達の成長を見ていると分かる。

環境や経験が人をつくり、センスを育てていく。

センスは後からでも補える。

ちゃんと育つのである。


コツは、

洗練されてものを見る、触る、身に着ける、

自分がセンスのいい人と思う人と一緒にいる、

そして真似をする。


真似するときの注意点としては

〇〇さんに憧れているから、真似しちゃいました!

とひと言、可愛くいっておこう。

気持ちよく、真似させてくれるし、

さらには、センスのいい情報もくれたりする。



そして

知っておいてほしいのは

見た目のセンスを磨くことが目的ではなく

その先の

大人の女の理性や知性のバランスを研ぎ澄ませ、

センスのいい生き方をする為のレッスンだという事を。


歳を重ねていく上で、

人間的センスがなければ、

どんなに若くキレイに保っても、

そのキレイは

安っぽくも見え、価値あるものに見えない。


だから

他者目線を一旦やめて

自分軸で選んで欲しい。感じてほしい。

すべてのものを。


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